ロシアンブルーの歴史

ブルーキャット御三家と言えば、フランスを原産地とするシャルトリュー、タイを原産国とするコラット、
そしてロシアが原産のロシアンブルーです。
この中でもロシアンブルーは最も有名で人気もあり、ショーなどにもよく出品されます。
ロシアンブルーはロシアで自然発生した猫で、そのルーツはかなり古くはっきりしていません。
1900年ころまでイギリスでは、ロシアンブルーの別名としてアルハンゲルキャットという呼び名がありました。
この呼び名の由来はロシアのアルハンゲル島に生息していた猫だからとする説と、
ロシア北西部の都市アルハンゲリスクからイギリスや北欧に連れて来られたからとする説があります。

興味深いのは、アルハンゲルにしてもアルハンゲリスクにしても、
もろもろは聖書に登場する大天使ミカエルの名にちなんでつけられた地名だということです。
つまりロシアンブルーの中にも大天使のような力強さや聖なる気品が満ちているとして
アルハンゲルキャットと呼ばれたのかもしれません。
ちなみに英語ではアークエンジェルキャットと言います。

ロシアンブルーがロシアの一地方に生息している間は、その土地の人以外知る人がいなかったわけです。
今からおよそ150年前に当時交流のあったイギリスに連れられて来たときから、多くの人に知られるようになっていきます。
面白いのは当時のロシアンブルーの体系が今のようにスマートではなく、丸いコビータイプだったということです。
ちょっと信じがたいのですが、種としての体型というものも変わるものなのですね。

ロシアンブルーの赤ちゃん

イギリスに渡ってからは…

イギリスに渡ってきたロシアンブルーはすぐに人気ものとなり、ショーなどにも出るようになります。
1875年のショーではアークエンジェルキャットという名前でショーに出演し、1895年にはブルーという名前で参加したようです。
このブルーにロシアンという名前が付け加えられるのは、1932年になってからのことでした。
ロシアの皇帝の愛猫だったことが影響しているとも言われています。
イギリスにおいて血統登録されたのは1900年代に入ってからのことで、
その際にロシアンブルーという名称で登録されることになりました。
ロシアンブルーの純血性ということでは、第二次大戦に危機を迎えます。
それは戦争によって数が激減してしまったからで、その際に窮余の策としてシャム猫と交配しました。
少しでも血統を守ろうということだったようですが、シャム猫と交配することで体型が変わってしまったようです。

その後、国内にいたロシアンブルーと交配を繰り返し、やがて元の姿に戻っていったようです。
シャム猫と交配したときは、これはロシアンブルーではないと人気が急落してしまったこともあったようですが、
元の姿を取り戻すことで人気もなんとか回復しました。
やはり血統の純粋性というのはとても大切なことなのですね。

ところでこの他品種を交配させたことから、現在のロシアンブルーの原産国をイギリスとされることもあるようです。

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